塚越ばやし(塚越囃子連)

本サイト作成者
Ken

坂戸の大宮住吉神楽の神楽師で塚越囃子連の連中です。
男神役をメインに20年以上神楽師歴があります。
稲荷様、クナト神、海幸彦など多数。
靖國神社や大國魂神社などでも奉納経験があります。

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「塚越ばやし」とは

「川越まつり」(まるひろ百貨店駐車場屋台村会場)での居囃子、魚釣りの様子。

  「塚越ばやし」とは、江戸時代に由緒を遡る塚越の八坂稲荷神社(天王様)の夏祭りにおいて、古くから流行り病退散や地域安寧を祈願して屋台(山車)の上で演奏しているお囃子で、屋台は綱を親子等が曳いて、塚越地区内の曳き回し行事として行ってきました。

 会員は現役の年配から中高生まで30名程度で構成され、小学生も練習に励んでいます。曲は、にんば、鎌倉、屋台、ねんねん子守があります。例年、川越まつりにも参加、出演し、居囃子で「道化五人囃子 三番叟(さんばそう)」や「魚釣り」、「獅子」等を演じ、観客を沸かせています。

天王様とは何か

 塚越囃子連が継承するお囃子は、市内に多く伝承される「江戸山王新ばやし木下流」であり、明治32年頃、川島町旧伊草村角泉から伝わったとされ、囃子連の会としての体裁が本格的に整ったのもその頃と言われています。 お囃子が奉納される塚越八坂神社は、天保5年ともいわれますが、江戸時代に地区有志と神官により疫病の神である牛頭天王を遷し祀ったことに始まるといわれ、通称、この八坂神社の夏祭りは他地区にも共通しているように「天王様」と呼ばれて、地域住民に無病息災、家内安全等を祈願する祭典として親しまれています。

 元は、京都の祇園祭が八坂神社の祭典の大元だといわれており、夏の暑い時期、下水道も完備されていなかった古代・平安時代に疫病が流行り、それを鎮めるために疫病の神といわれる牛頭天王、つまり素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀り、鎮め、地域から疫病を払おうとしたことが始まりだと考えられます。隣接する石井地区の勝呂神社にも6月に「茅の輪くぐり」の行事が祭礼で行われていますが、この茅の輪とは、牛頭天王と疫病に関わりがある話として古代の伝承に残されています。

 奈良時代初期編纂の備後国の風土記『備後国風土記』に、牛頭天王の神話ともつながる伝承「蘇民将来(そみんしょうらい)」の伝承がそれです。概要は次のようなものです。

ーある時、武塔神(むとうのかみ)が旅の途中で一晩の宿を借りようとしたところ、裕福な巨旦将来は断りました。巨旦将来の兄の蘇民将来は貧しかったのですが、粗末ながらも武塔神をもてなしました。後日、武塔神は蘇民将来を再度、訪れ、自分の正体はスサノオノミコトであると明かし、蘇民将来に茅の輪を授けました。その茅の輪は疫病を避けることができるものでした。その後、茅の輪をつけていない弟の巨旦将来の一族は皆滅んでしまいましたが、茅の輪を付けていた蘇民将来の一族は生き残ったのです。この武塔神、すなわちスサノオノミコトは、牛頭天王といわれており、牛頭天王は、蘇民将来の娘に対し、「茅の輪をつくって、赤絹の房を下げ、『蘇民将来之子孫也』との護符を付ければ、末代までも災難を逃れることができる」と除災の法を教示したといいます。ー

 つまり、夏祭りは元々は疫病を払うための神様、牛頭天王=スサノオノミコトにまつわる行事であり、この牛頭天王をお囃子で慰めてお祀りすることによって、疫病を払ってもらうことを祈願したものと考えられるのです。塚越の夏祭りも同様のものと考えられます。

 塚越の夏祭りでも地区内の境までお囃子の演奏とともに屋台で巡行して、地区内から流行り病を追い払うという祈願のためにお囃子で神を囃し立て、地区外へ疫病を追い払う祈りを込めて行われてきたといいます。かつては神輿も担がれ、地区境の川に行くと、川に神輿を沈めて、威勢よく賑わったと伝わっています。

屋台(山車)での外道。<屋台曳行のゴール、八坂神社到着時>

屋台(山車)での獅子。(中身、サイト作成・管理者)

「川越まつり」への出演

「川越まつり」屋台村での居囃子上演

 塚越囃子連は、坂戸市塚越の囃子の保存団体ですが、昭和の時代から川越まつりにも参加しています。古くは川越の町内から依頼されて松江町二丁目の「浦島の山車」にも乗って、当塚越囃子連中が塚越ばやしの演奏をして川越市内を巡行していたといい、その時の演者も未だに連中として健在です。その後、山車乗車ではなくヤグラを組んでの居囃子として、本川越駅近くにあった桔梗屋箪笥店前での上演を平成年代において平成24年頃迄長く継続し、現在のまるひろ百貨店駐車場屋台村会場(川越まつり主催者による出店会場)において、平成27年頃から途中新型コロナによる中止した年もありましたが、今に至るまで継続して上演してきております。 

 この川越まつりの屋台村での居囃子上演は、例年、小・中・高・大学生の後継者の男女、延べ約20名程も参加しており、大人の連中約20名程と混じって川越まつりという観光客も多数来訪する大舞台で、太鼓、笛、すり鉦、踊りだけでなく、「道化五人囃子 三番叟」といった演劇的要素のある演目の上演などにも演者として参加し、多くの観客を賑わせて拍手をいただいています。ここでの居囃子の参加は、大人の連中と小・中・高・大学生の後継者にとって大きな目標であり、日頃の練習の成果を発揮するまたとない機会となっています。

天狐と獅子の掛け合い(川越まつりにて)

「魚釣り」の演目。お菓子で子どもさんが「釣れ」ます。

「道化五人囃子 三番叟」。天下泰平を願うとともに五人の子供ばやしがおどけて演じます。

おかめの踊り

サイト管理者の自分が躍った踊り

おかめ(川越の町内の山車が来たタイミングで)

近隣の島田地区の夏祭りへの参加(屋台の曳っかわせ)

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