夏祭りの起源

囃子(はやし)
  1. 夏祭りと疫病

みんな好きな夏祭り。この起源を語れる人は少ないのではないだろうか。

そして、なぜ、夏祭りでは神輿を荒々しく担ぎ、また山車を曳きまわすのか。

それを今回は語りたい。

 

夏祭りは、7月に行われるところが多い。

かの京都の祇園祭も7月上旬頃だ。

筆者(私)の地元でも各地に夏祭りがあり、いずれも7月に行われており、多くが7月中旬に集中している。

これは、どうしてだろうか。理由は、祭りが行われ始めた時代は、夏は疫病がはやる時期であり、この疫病から身を守るために人々が祭りを始めたからだ。

かつては、疫病の理由は、衛生面にあった。現代のように下水道や浄化槽などが整備されておらず、衛生的に良くはなかった。そのため、夏は食中毒や疫病などが流行り、人々を苦しめた。

これを現代のように衛生面から科学的に、あるいは医学的に解決することはできず、神仏、目に見えないものにその根拠を求めたのが、過去の人々だったのだ。

 

疫病の神、牛頭天王

その疫病をもたらす神が、牛頭天王である。祇園祭で有名な京都の八坂神社でも主祭神は、江戸時代までは牛頭天王だった。江戸時代まで、というのは、明治初期の神仏分離令で牛頭天王という名称は使えなくなったからだ。代わりに使われたのがスサノオノ命(みこと)である。

ところで、全国には2300社余りの八坂神社がある。

筆者(私)の地元の夏祭りも7月に行われると書いたが、これらはほとんどが「八坂神社の夏祭り」と呼ばれ、別名、「天王さま」とも呼ばれている。この天王さまとは、おそらく牛頭天王のことだろう、と私は推測している。

牛頭天王という疫病の神を鎮めるために、行われてきたのが祇園祭であり、全国の多くの夏祭りである。そして、牛頭天王はスサノオノ命とイコールであるが、スサノオノ命は神話では、乱暴狼藉によって高天原を追い出され、出雲国ではヤマタノオロチを倒した荒々しい神である。この荒々しい神であるスサノオノ命が明治以降は八坂神社の主祭神となったが、このスサノオノ命を祀るために、大きな掛け声で荒々しく神輿を担ぐものと考えられる。そして、村の境まで神輿を担ぎ出し、村境から疫病を追い出す。このように考えて古の人々は夏祭りを行なっていたのではないか。

ちなみに牛頭天王はスサノオノ命が仮に姿を現した化身だと考えられており、この考え方は「本地垂迹説」に基づく。

本地垂迹説は、日本の神々は仏が仮に姿を現したとする神仏習合による思想で、仏教を主、神道を従とする考え方である。

いずれにしても、牛頭天王=スサノオノ命であることには間違いがなく、牛頭天王を鎮め、スサノオノ命を祀り抑える夏祭りという行事は、神輿担ぎや山車の曳行といった形で、疫病の荒ぶる神を鎮める祈願という行動として、長年、日本に受け継がれてきたのである。これが夏祭りという伝統の本質である。

牛頭天王が疫病の神という話は、またの機会にしたい。

京都国立博物館が近くにあるので、ゆっくり贅沢時間。


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